公開日:2022/11/24
変更日:2024/08/29
ITやデジタルテクノロジーの進化によって人々の生活が変わっていくなか、企業においてもDX推進に対応し、自らを変革できるかどうかが、今後の企業競争力を左右すると言われています。
今回は、「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する」を経営理念に掲げ、常に世界のスポーツシーンの活性化に努めているミズノ株式会社(以下ミズノ)にてDX・グローバル人材の採用・育成およびDX推進に基づくさまざまな制度改革に取り組む舞原様と、クリーク・アンド・リバー社(以下C&R社)でデジタル人材の採用において多くの企業を支援してきた執行役員 渡辺の対談企画を実施。
企業間の争奪戦が激しく困難を極めるデジタル人材の採用市場、またDX推進の現場で人事部門に求められることについて語っていただきました。(以下:敬称略)
目次
舞原 貴之 氏
ミズノ株式会社 グローバル人事総務部 担当次長
1994年、新卒でミズノ株式会社に入社。情報システム部に配属。1995年「Windows95」の発売を発端にグループウェアシステムを構築するなど、社内のデジタライゼーションをけん引する。2011年中国・上海の現地法人に異動、人事・総務・経理財務管理に携わる。2018年帰国。現職にて人事制度の改定、グローバル人材、DX人材の育成に携わる。
渡辺 和宏
株式会社クリーク・アンド・リバー社 執行役員
プロフェッショナル・プロデュース・グループ
2002年株式会社クリーク・アンド・リバー社入社。映像分野で活躍するクリエイター派遣および制作業務受託の営業に従事。その後2005年から人材紹介事業を担当。
渡辺
まずは簡単に自己紹介からさせていただきます。
私は2002年の入社以来、クリエイティブ・プロフェッショナル人材が最も輝ける環境で仕事をしてもらうためのサポート、独立支援に携わってきました。C&R社は当初デザイナーなどクリエイター専門の人材紹介エージェンシーでしたが、現在は医師や建築士、会計士、料理人、CXO(経営幹部職)といったプロフェッショナル人材についてもご支援しています。
さらに、プロフェッショナル人材の保有スキルを活かした自社プロダクトサービスでお客さまの事業支援、イノベーション創出といったことも行っています。私自身はクリエイティブ・プロフェッショナル人材と料理人、CXOの転職支援チームの責任者をしています。舞原さんはどういった経緯でいまの仕事に就かれているのですか?
舞原
渡辺さんに倣って、私も少しだけミズノの会社について紹介しておきます。ミズノは総合スポーツメーカーとして、スポーツに親しむ人たちにとってはフレンドリーな会社だと自負しているのですが、創業は1906年、元々は野球、ゴルフ用品をメインに事業展開していました。その後アパレルやシューズにも力を注ぎ最近は一般生活者向け商品の分野も拡大しようと頑張っているところです。
あまり目立たないのですが、用具以外のところでスポーツファシリティ、つまりスポーツ施設にも力を入れています。具体的にはグラウンドの人工芝や陸上のトラック素材の開発・施工、スポーツ施設の運営も行っています。「スポーツの振興で社会に貢献する」という理念に基づき、用具だけでなく「場」の提供も行う、スポーツを多面的・総合的にサポートしている会社といえます。
私のキャリアは、1994年に新卒でミズノに入社し、最初に情報システム部に配属されました。この部署では、ホストコンピュータの運用やプログラミングを行っていました。95年に『Windows95』が発売されてからは、全社員にPCを配置するという方針の下、PCのセットアップやLANの設置、またロータスのグループウェア『Notes』を駆使して発注システムを構築するといったデジタライゼーション、いまでいうDX的な仕事に約15年間没頭していました。
2009年に経理財務部に異動して主に決算業務に携わり、これがひとつの転機となりましたね。11年に中国・上海の現地法人に赴任し、HRBP(Human resource Business Partner)として人事を含む経理・総務全般の管理業務に携わり、18年に帰国後はグローバル人事総務部で報酬体系・評価制度の構築、職務制度の改定、グローバル人材・DX人材の育成などに携わっています。
渡辺
最初の配属からシステム系だったんですね。スポーツ メーカーさんの場合、新卒は営業に配属されて、全国の販売店さん回りを経験させるというイメージでした。
舞原
そのイメージは全然間違っていないですよ(笑)。当社は新卒の育成方針としてジェネラリストを育てることを念頭に置いていますから、そのためにはまず商品とそれを取り扱う卸、販売店、さらに購入されるお客さまを知るという視点で、ほとんどが最初は営業部に配属されます。最近はIT系などの専門人材は中途採用に頼っていることが多いですね。私が就職した時代はIT部門などバックオフィス部門への配属も普通にありました。
渡辺
なるほど。オフコン時代の日本企業の初期コンピュータリゼーションからデジタライゼーション、そしていまのDX推進までずっと体験されているわけですね。
ところで、グローバル人事総務部というのはどういった役割を担っているのでしょう。グローバルが付かない人事部もあるのですか。
舞原
グローバルの付かない人事部はありません。グローバル人事総務部のなかにグローバル人財課があり、私はそこにも所属しています。海外に15拠点あるのですが、グローバル人財課はそのリージョンのHRBP的な役割を担っています。これまでの人事部は駐在員のお世話をする程度の役目だったんですが、いまは駐在員の将来的なサクセッションプランを組みつつ、そこに充てられるような人材育成を含めたところまでやろうというのがミッションとなっています。
また、人材育成という部分ではグローバル人材に加えてイノベーションを生み出せる人材、プロジェクトをリードできる人材、その流れでDX人材の育成を「種まき活動」と銘打ってグローバル人事部を中心に取り組んでいるところです。
部内には、ほかにも人事課、人財開発課、総務課、施設管理課があり、これらは国内を担当しています。国外各リージョンにそれぞれHR部門があるので、拠点ごとのHRはそこで行います。グローバルはそれらの取りまとめ役ですね。
渡辺
ではそろそろ本題に移りましょう。御社のDX推進とはどのようなものなのですか。
舞原
端的に分かりやすく言えばECを伸ばすことです。これまでは卸や町の販売店さんなどの直販リアル店舗を通してユーザーに商品を提供するという商売形態だったものを、DTC(Direct to Consumer)モデルへシフトし、ECサイトを通してダイレクトにやっていこうという戦略に変えようとしています。
当社はこれまで、ライバル社と比べてもECにはあまり力を入れていなかったんです。世界的企業のN社は売り上げの半分程度がECと言われていますが、当社は数パーセントしかないというのが現状です。人が丁寧に細やかなフォローを行う営業で成長してきましたから、一概にそれがNGでオミットされるものではないのですが、いまのままでは会社としてさらに成長するのは難しい、DXを加味していかなくてはならないということです。
加えて、単純にECサイトをつくればよいという話ではないと思っています。現にECサイトは稼働していますし、そこに何かイノベーションを起こさなくてはならないのです。例えばECにVRやNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)を取り入れることや、話題になっているeスポーツのイベントを開催するなどですね。ただ、社内でそういう話が盛り上がっていても、なかなか具現化しないのが悩みです。だからコアとなるDX人材が必要だと感じています。
渡辺
そういったお話は私のクライアントからもよく聞きます。販売チャネルがこれまでと大きく変わり、デジタル化することによりアプリだったり、ECだったりにシフトしていかないとマーケット的には厳しい状況におかれる。それは分かっているけれど、これまでの営業形態で会社を支えてきた部門に明日からやり方を変えるよといっても難しいというジレンマを抱えている会社はあります。
ここでちょっと現在のDX人材の採用市場の話をしておきますと、最近のDX推進文脈のなかで目立ってきたのが、これまでDX人材を採用していなかったIT関連以外の企業からの採用ニーズが非常に増えてきていることです。新たにECサイトを運営するうえで、デザインやプログラミングを行える人材が欲しいと。メルカリやLINEといった元々ITサービスを提供している会社の採用ニーズが旺盛なところに新たなニーズが加わるのですから、業界を問わずIT・DX人材の争奪戦は激化しています。
ITの人材白書では2030年には79万人の人材不足が予想されると書かれているほどですからね。
舞原
会社としてはどこで利益が出ていようと全体で成長すればよいのですが、すんなりといかないことはけっこうある話なんですね。
DX人材の採用に関しては、厳しい市場環境であることを重々理解しています。これからもデータアナリストなどコア人材の採用は積極的に進めていきますが、今後は採用と並行して社内での育成を強化する方向にシフトし、いまでは制度改定や教育研修プログラムの構築に力を入れているところです。
渡辺
昨年度はディジタルグロースアカデミアさんの研修を採り入れていらっしゃいましたね。社内育成ではどのような教育・研修プログラムを行っていらっしゃるのですか。
舞原
まずは昨年、DX人材における社内育成の考え方を定義化し、3つの軸を設定しました。
1つ目は、デジタルスペシャリストの育成または採用。当社の開発部門にはデータアナリスト的な既存社員もいます。しかし、もっと必要だと考えています。そういう人材がハブになってそこからイノベーションを広げていきたいという発想です。
2つ目は、DXリーダーの育成。現場のビジネス部門のなかでDX推進を引っ張る役目を担う存在となります。
3つ目は、社内全体のデジタルリテラシーを向上させる取り組み。こちらはIT部門が中心となって、ITリテラシー向上のための教育ビデオやeラーニング教材をつくり、社員に自主学習してもらう環境を整備しています。
これらの軸に基づき、該当する層のスキルセットをつくって研修に紐づけた学習ロードマップを構築・実施しているところです。DX推進というのは、取り組み企業の立ち位置や方針によってやり方が違うので、世界中探してもここまでやれば正解という指標がないですよね。私たちも試行錯誤しながら取り組んでいるところです。
渡辺
そうですね。DX推進は「○年までに、何々を稼働させる、実施する」といった目標を立てて取り組まれていると思いますが、人材採用も厳しく、DX化に対する社内の抵抗勢力の壁などもあって、みなさん3歩進んで2歩下がるみたいな感じなのではないかと思います。
例えばですが、営業のトップをされている方をECチームのトップに据えるというような、ドラスティックな人事異動を行う手もありますよね。というのは、外から優秀なDX人材を採用してきてECチームのトップに抜擢しても、「よそから来て勝手なことをやっている」みたいに孤立してしまうケースが見られるんです。
舞原
そうですね。他人事じゃなくなるわけで、当事者意識を喚起できる。異動は別としても、今後スペシャリストやリーダーを育てて輩出していくうえで、リーダーたちが一人でDXを推進いくわけではありませんし、周りの協力体制が整っていないと進まないですから、マインドセットの転換も必要ですね。
渡辺
採用面で何か改革したことはありますか。
舞原
これまでDXに限らず、スペシャリストの採用では、スポーツメーカーという性質上どうしてもスポーツ科学などのバイオメカニクス系が集まり気味だったんですね。募集の方向も単に理系とあいまいなところもあり、募集段階で選択肢を自ら狭めていました。その反省を生かして募集の段階からデータアナリストなどの専門人材を掲げていくようにしています。
それに基づき、2つの改革を行いました。まず、これまで理系といった大まかな募集要項をスペシャリスト人材に刺さるよう具体的な内容を記した募集要項にしました。スキルマップを整備してできるだけフィットした人材にマッチングできるようなものです。
次に、面接官を応募者の専門性にマッチした、話の通じる人に担当させること。これまでは面接官の感性に頼ることが多く、専門スキルよりも人柄重視の傾向にありましたから、極端な話、応募者からしたら「この人たち分かってない」と選考を辞退していたかもしれません。せっかくの出会いを無駄にしたくないですからね。
現状は、ジェネラリスト型と特定職型の複線型の人事制度を導入した段階で、今後、特定職型をジョブ型の制度にしてスぺシャリスト人材の待遇改善をしないと、DX人材などの採用が難しくなると思っており、検討が必要。という話をしたかもしれませんが、具体的に検討が進んでいるわけではありません。
渡辺
スペシャリスト採用のための制度改革で、どこの企業でも-苦労されるのが給与体系・報酬制度ですね。元々、スペシャリストの給与が高いところにこの競争激化で市場価格がどんどん上がり、これまでの給与・報酬制度には当てはめられなくなっています。
給与のほかにひとつアドバイスするとしたら、ちょっと変わった異質な人が入ってきても、絶対に必要な人材なのだという許容力を会社全体で持ってほしいことですね。会社のカルチャーをうまく融合させていくオンボーディングも重要になってくると思います。
舞原
採用も育成制度もまだまだ成長途上の段階ですが、今後のDX推進のヒントになるお話を聞かせていただき、大変参考になりました。本日はありがとうございました。
渡辺
こちらこそ、ありがとうございました。事業課題があったときに、社内で解決できるリソースの部分と我々外部の専門的な人材と一緒にやることで解決できることがあれば、ミズノさんの持っているアセットと我々の持っているアセットを活かして何かのプロジェクトを進めていくようなご提案ができると面白いかなと思っています。
今回は、常に世界のスポーツシーンの活性化に努めているミズノの舞原様を迎えて、老舗メーカーがDX人材の採用・育成をどのように進めているのかを語っていただきました。
歴史ある会社のなかでスペシャリスト人材の採用・育成とDX推進に基づく制度改革に取り組むことは、さまざまな壁を乗り越えなくてはならないようです。そのために何をしなくてはならないのか、DX推進を行っているみなさまにとってもヒントになったのではないでしょうか。