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公開日:2023/05/12

変更日:2024/02/28

顧客体験価値を高め続ける星野リゾートのDX人材戦略

初めに

軽井沢の星野温泉旅館を礎に、100年以上にわたってホテル業を継続してきた星野リゾート。1991年、星野佳路氏が4代目社長(現在の代表)に就任し、施設所有を本業とせずに運営会社を目指す将来像を掲げました。以来、圧倒的な非日常を提供する「星のや」、温泉旅館「界」、想像を超えて、記憶に残るリゾートホテル「リゾナーレ」、「街ナカ」ホテル「OMO(おも)」、ルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の5つのブランドを中心に、国内外66施設(国内61、海外5)の宿泊施設の運営へと事業展開してきました。

そうしたなか観光業界は、2020年に起きた新型コロナウィルスにより大きな痛手を負います。星野リゾートはこの逆風の状況でも、素早いIT対応でお客様の安全を確保し、行動が制限されるなかでも旅行を楽しみたい人々に向けてマイクロツーリズム市場を創造してきました。GoToトラベルキャンペーンや、ふるさと納税にも自社内製でシステム対応するなど数々のIT施策を行い、2021年には「全社員IT人材化」戦略をWebメディアに公開。デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速することで、ピンチをチャンスに変えてきました。

スタッフのおもてなし力で宿泊客の心を掴んできた星野リゾートが、どのようにデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めてきたのか。また、「全社員IT人材化」をどのようにして実現していくのかについて、星野リゾート 情報システムグループ グループディレクターの久本英司様と、デジタル人材の採用において多くの企業を支援してきたクリーク・アンド・リバー社(以下C&R社)執行役員 渡辺が対談。その取り組みについてお話を伺いました。(以下:敬称略)

プロフィール

久本英司 氏
星野リゾート 情報システムグループ グループディレクター
2002年9月、星野リゾート入社。ホテルシステムや会計システムなどの基幹システムの導入から、ネットワーク・インフラ設計、HP予約システムや勤怠管理システムなどのアプリケーションの企画・設計・開発までを行う。情報システムグループのディレクターとして、星野リゾートのITを統括。

渡辺 和宏
株式会社クリーク・アンド・リバー社 執行役員
プロフェッショナル・プロデュース・グループ
2002年株式会社クリーク・アンド・リバー社入社。映像分野で活躍するクリエイター派遣および制作業務受託の営業に従事。その後2005年から人材紹介事業を担当。

「ひとり情シス」から始まったIT部門がインドでの開発失敗で成長の足枷に

渡辺
はじめまして。まず弊社C&R社の紹介と、簡単な自己紹介をさせてください。C&R社はさまざまな領域で活躍されるプロフェッショナル人材の採用支援をメインとしています。転職をご希望されている方から見ると転職支援、いわゆる人材紹介エージェントになります。また、プロジェッショナルの方々の能力を活用した業務請負も行っており、Webサイトやアプリ開発、ゲームやテレビ番組の制作なども行っています。

他には、人材紹介や派遣に加えて、事業企画やコンテンツ制作を含むプロデュース事業、ライツマネジメント事業を行っています。最近では、料理人の力を活かして、ある食品会社のアレンジレシピの開発も行いました。

私は2002年にC&R社に入社して、ITやWeb、映像、ゲームなどのコンテンツやデジタルサービス開発者の転職支援をする部署の責任者をしております。

久本さんは、どのような経緯で星野リゾートに入社されたのですか。

久本
私は入社してちょうど20年になります。それ以前は東京のベンチャーに勤めていて、軽井沢に家を買おうとしたら、住宅ローンの審査が通らなかったんです。長野で有名な星野リゾートに就職すればローン審査が通ると聞いて、面談を受けに行きました。代表の星野が面談をしてくれたのですが、その場で採用が決まり、入社に至りました。住宅ローンも借りられましたので、その御恩返しに身を粉にして仕事をしています(笑)。

渡辺
おもしろいご縁ですね。入社されたときは、星野リゾートはどんな会社だったのですか。

久本
当時はまだ、軽井沢の温泉旅館とリゾートホテルの2軒だけでした。私は最初のIT担当者で、外注のパートナーを使いながら、「ひとり情シス(情報システム部門)」でした。

渡辺
現在は、情報システム部門はどのくらいの組織なのですか。

久本
現在、60人ほどの体制になりました。星野リゾートの社員数は約4000名ほどの規模になり、業務が拡大しています。情報システム部門も増強して、今年中に70人体制にする予定です。私の入社から数年後に情報システム部門は社員2~3人体制になりましたが、少人数のままパートナーに頼ってきた期間が長く、人員を拡大し始めたのは2015年からです。

渡辺
何かきっかけがあったのでしょうか。

久本
少し遡りますが、2010年からはじめたインドのオフショア開発で進めたシステム更改プロジェクトが失敗したのです。コストも時間も予定の3倍かかってしまいました。ビジネスの方は2013年には海外や都市部など新たな市場への進出が決まって、拡大基調のなか、情報システムは星野リゾートの成長の足枷だと陰口を叩かれることもありました。

渡辺
それは手厳しいですね。

DXへの準備~2020年のデジタル社会に向けて「DXの担い手の資格」を得る

久本
本当に大ピンチでした。それでも経営陣は私を責めることはなく、代表の星野は「久本さんの勉強代だね」と言ってくれました。そして、当時私の直属のレポートラインだった専務から「会社が大きくなって難易度が高くなってきたから、ITコンサルタントを入れてちゃんとやってみたら」と言われたんです。それから外部のイベントに参加したり、コンサルタントの方と話をして徹底的に勉強するようになったのが2014年です。

そのときにグローバルなITリサーチ会社のガートナー社が「今後5年でデジタル社会が到来する。ビジネスそのものがデジタル化していき、情報システムがその担い手になるべきだ」と言ったのです。

渡辺
今で言うDXですね。それを聞いて、どう思われたのですか。

久本
「これこそ目指すべき姿だ」と思いました。デジタル社会のニーズが来た時に、「準備は全部できています。私にやらせてください」と言えるようになりたい。ですが、足枷と言われていましたから堂々とはできないので、経営陣や事業部からのオーダーを粛々とこなしながら、「DXの担い手の資格」を得るための戦略を練りはじめました。それが2015年です。

渡辺
とても興味深いですね。どのような戦略か教えていただけますか。

久本
まず5年後の2020年を、「DXの担い手の資格」を得る目標期限としました。2020年に必要な能力がTo Beで、2015年の今の能力がAs Is。そのギャップをどうやって埋めるかを考えるのですが、ここで問題がありました。一般的にTo Be に位置付ける中期計画が、星野リゾートにはありません。星野リゾートのビジネスモデルは施設運営であり、投資・開発はやらないので、中長期計画を立ててもあまり意味がないからです。

渡辺
そうなんですか。ちょっと意外です。それでどうしたのですか。

久本
では将来必要な能力とは何かというと、「これから起きる変化に対応できる組織能力」だと気づきました。それまでは、IT戦略とはシステムを少しずつ作ってくプロセスだと思っていましたが、そうではない。将来どんな変化が訪れたとしても、変化に対応できる能力、チャンスを掴める能力、リスクを回避できる能力を備えることと定義しました。

組織をつくり、チャンスとリスクに向き合って学びながら、成長する。それを楽しんで、変化に対応できる能力を備えたチームづくりをする。つまり「変化前提の企業活動を支えるIT化能力を備えること」が目指すゴールとなりました。

渡辺
目標が定まったことで、情報システム部門の組織体制も変更したのですか。

久本
はい。それまでのパートナー中心体制から、社員で設計からエンジニアリング、運用までを自前で行える体制(内製化)にシフトしました。パートナーには全社や各施設のビジョンや戦略や現場のリアルの一次情報をそのまま伝えられないことから、開発に齟齬や遅れが出てしまうことがあったからです。

エンジニア採用は投資になりますので経営陣も慎重でしたが、まず最初に経験豊富で優秀なリーダー人材を採用して、社内で実績を認めてもらうことから始めました。

そして、既存の社内システムをクラウド化しながら、変化に対応できる情報システム部門の組織づくりをしていきました。具体的には、尊敬できる外部講師をお呼びして定期的な勉強会を開催し、チームメンバーのシステム構想力や構築能力を高めていきました。

渡辺
システム開発のオーダーをこなしながら、内製化の体制づくり、人材育成もされたんですね。

システム開発ニーズは現場が提案、経営者と討議。情報システム部門が判断して開発をやりきる

渡辺
ホテル施設が増えたり、ブランドが増えたりされる中では、現場からのシステム構築や改善のニーズがあちこちから上がってくるのではないですか。

久本
その通りです。多くの組織から要求が出てきて、どうにも優先順位がつけられないという大問題が起きました。情報システム部門に依頼したい組織の責任者が集まって会議をしようという意見が出たのですが、代表の星野が、「みんなが自組織を優先したいから、それでは正しい経営判断にならない。私が判断する」と言ったのです。これが、経営判断が変わる一番大きなきっかけになりました。

それまでは、現場のシステム投資の要求を情報システム部門が吸い上げて、経営会議にかけていました。それを、各施設が要求案件を上げて星野と情報システム部門が投資判断するというプロセスに変更しました。これにより、以前は情報システム部門に任せきりだったのが、自分たちが直接代表に要求提案するため、「現場の自分事」に変わったのです。

渡辺
現場の取り組み姿勢が変わったのは大きいですね。星野代表は、すべての投資案件を判断したのですか。

久本
はい。しかも星野は、「たとえ10万円の機能追加案件でも、理解できないものは判断しない」と言い出しました。なぜその業務はシステム化が必要か、機能追加したらどのようなメリットがあるのか、代替手段はないのかと一つずつ確認するんです。施設での業務をつぶさに知っているわけでもないし、システムも知らない。まず業務から説明し、システムの問題を説明するということを1年ぐらい続けました。

すると星野は、星野リゾート全体でどんなシステムを使っているのか、そのシステムにはどんな課題があるのか、業務とどのような関りがあるのかを大体把握して、システム投資の判断が素早く的確にできるようになったのです。「これは良い仕組みだから、他の経営陣も呼ぼう」ということで、システム投資判断のラウンドテーブルを毎月2時間やることになりました。2017年から始まり、現在も続いています。

渡辺
多くの会社で、経営がITに理解が無く、DXが進まないという課題が見られます。現場の課題を解決しながら経営陣にITを理解していただくのに、とても効果的な仕組みですね。

久本
そうなんです。これはラウンドテーブルなので、経営陣みんなでシステムの課題を共有して検討する。それを受けて、やる・やらないの判断をするのは情報システム部門で、決定事項にコミットして開発をやりきる、という方式にすることができました。

このシステム投資判断の仕組みを作れたことが、星野リゾートのDX実現のカギとなりました。またこうした立ち位置で開発を進めることができるようになったことで、情報システム部門の組織的な能力が備わったのです。

渡辺
素晴らしいですね。情シスはシステムのお守り役という会社も多いのですが、ビジネスで重要なシステムを情シス主導で動かせる環境は、エンジニアとして働いている転職希望者にとって魅力的なのではないかと思います。

コロナ禍での素早いIT対応で顧客体験価値を向上

渡辺
コロナ禍により、観光業界は大きな打撃を受けたと思いますが、星野リゾートはいち早く様々な対応をされたとお聞きしました。2015年に打ち立てたIT戦略が功を奏したのですね。

久本
はい。2019年12月に星野代表から「ITがなければ作れない『ありたい世界』を提案・実装してほしい」と言われました。「DXの担い手の資格」を手に入れることができた、と実感し、嬉しかったです。

その直後にコロナ禍に見舞われたのですが、変化に素早く対応することができました。まず、大浴場の混雑状況がスマホでわかる「大浴場混雑可視化」アプリを開発し、お客様に安心して入浴いただくことができました。これはシステム投資判断会議で即日決定し、わずか6週間で完成。14施設でリリースされました。

GoToトラベルキャンペーン対応は1か月、ふるさと納税対応は2か月でリリース。ITでできること・すべきことはほぼすべて対応できました。中には億円単位でのコストセーブにも貢献する案件もありました。

「全社員IT人材化」戦略で世界に通用するホテル運用会社を目指す

渡辺
まさに攻めのITですね。コロナ禍を切り抜けて、今後は国内・インバウンドの両面から、観光業への期待が高まっています。星野リゾートではどのような戦略を立てているのですか。

久本
星野リゾートは、世界で通用するホテル運用会社を目指しています。競合となる外資系ホテルにはIT人材が数百人いる。そこに勝つためにはどうしたらいいかと考えて、思いついた競争戦略が「全社員IT人材化」です。

渡辺
全社員とはすごいですね。

久本
星野リゾートはイノベーションを大事にしている会社です。イノベーションを起こす担当者がいるのではなくて、スタッフがフロント、客室、レストランなどマルチタスクで日々顧客に接する地道な活動を通して、変化を恐れず挑戦する活動からイノベーションが生まれる。 「これだ!マルチタスクのもう一つの業務にITを入れて、全社員がIT人材になればいい」と思いました。

渡辺
大胆な発想ですね。でも全くITの経験が無い人がIT人材になるには、ハードルが高いのではないですか。

久本
全社員IT人材だけど、その度合いにはグラデーションをつければよいと思います。ITのデリバリー能力には3種類あります。1つは、専門の技術を習得したエンジニアが作るプロコード方式。いわゆるシステム開発で、施設のサービスチーム出身者をプロダクトマネージャーに育成して構想・設計してもらい、プログラムを書くエンジニアはキャリア採用で集める。2つ目がサービスチーム出身者でも使い方を習得すれば作れるローコード方式で、少し複雑なUIを持ったものなどを開発します。3つ目が、施設スタッフでも作れるノーコード方式です。ノーコード・ツール「kintone」であれば、エクセルができる人なら使いこなせる。しかもエクセルと違いワークフローのある仕組みなのが大きいです。

渡辺
なるほど。ノーコード人材の育成も行っているのですか。

久本
施設で働くスタッフに募集をかけたところ、清掃などを担当していた施設のスタッフが手を上げて情報システム部門に来てくれました。彼女は意欲的に学習して、2年経った今ではkintoneエバンジェリストになり、高度なアプリ開発から、人材育成、ガバナンス整備までできるようになりました。彼女が育成して、現場でノーコード開発ができる人材を増やしているところです。

星野リゾートでは、全ての業務にITが関係するので、ITの総量を増やすことが大事です。ITは顧客もスタッフも使いますが、ユーザーにとっての価値はどのような開発でできたものであっても本質的な違いはないので、3つのデリバリー方法のどれかで開発すればいい。ノーコードのアプリ開発人材に加えて、ITを積極的に利用したり、主体的に改善提案をする人もIT人材と考えていて、グラデーションをつけた全員IT人材化を図っていきます。

渡辺
システムの開発エンジニアだけでなく、現場のタスクをIT化する人やシステムを積極的に活用する人もIT人材と位置づけ、社員全員が顧客満足を高めるための意識を持ってITに関わっていることが、会社として素晴らしいと感じました。

全員IT人材化を目指すなかで、今後力を入れていくシステム開発は何かありますか。

久本
「そろそろ基幹システムを全部置き換えないと、将来、やりたいことができなくなる」と認識しています。予約管理や施設管理をする基幹システムが分断されていて、予約と宿泊を一連の顧客体験価値として提供したい私たちのニーズに合わないのです。「旅を楽しくする」という星野リゾートの使命に本気で向き合うため、システムの分断を解消し、基幹システムを自社で再構築することを決断しました。そのためにシステムエンジニアのキャリア採用を積極的に行っています。

ITエンジニア採用では事業貢献への意欲が必須

渡辺
最後に、エンジニアの採用基準について教えていただけますか。

久本
エンジニア採用は情報システム部門が主導権をもって行っています。採用基準としては、事業会社に勤める覚悟があるかどうかを重視しています。事業を理解し、貢献したい意欲があることが最低条件です。その上で、星野リゾートのカルチャー、フラットな組織文化にフィットしているかも見ています。自律的に仕事を見つけて学んで成長しようという意欲がある人を求めています。

渡辺
なるほど。事業会社に勤める覚悟。たしかに事業に貢献するという意欲はどんな職種にとっても重要な条件ですよね。本日は星野リゾートのDX人材戦略について詳しくお話いただきまして、ありがとうございました。

おわりに

星野リゾートでは、経営陣と情報システム部門がタッグを組み、施設からのシステム開発ニーズを判断する仕組みが取られています。情報システム部門が会社の中でどのような立ち位置を取っているかが、DXの進め方のポイントと言えそうです。

久本氏は、社員全員をIT人材とするのは顧客体験価値を高めるためであり、それこそが星野リゾートの競争優位の源泉であると言います。DXは目的ではなく、競争に打ち勝つための手段だと再認識した上で、みなさまのDXを推進するヒントにしていただけたらと思います。

この記事を書いた人

HIGH-FIVE編集部

取材・文、撮影、編集:HIGH-FIVE[HR]編集部