公開日:2022/10/06
変更日:2024/08/29
イノベーション創出の重要性が叫ばれる昨今、高いスキルや豊富な経験、専門性を持つ人材の獲得や育成に励む企業はますます増えている状況です。そうしたなか、人事部門としてこうした課題にどのように関わっていけばよいのかお悩みの担当者も多いのではないでしょうか。
今回は、「フラットな組織文化」で社員のベクトルをひとつにし、ビール業界に新風を吹き込んでいる株式会社ヤッホーブルーイングより、採用育成ユニットディレクター 高畑様と、クリーク・アンド・リバー社(以下C&R社)で、デジタル人材の採用において多くの企業を支援してきた執行役員 渡辺の対談企画を実施。自社の将来を担う人材の採用や育成にあたり、企業として何を大切にするべきなのか、人事部門はどのような取り組みをするべきなのかといった観点で語っていただきました。
目次
高畑健太郎 氏/ニックネームは「六文(ろくもん)」
株式会社ヤッホーブルーイング
モチベーションブルワーズ(採用・育成・組織開発)ユニットディレクター
大学卒業後、公益財団法人日本生産性本部で、企業や官公庁の人材開発/組織開発支援、経営者セミナー企画などに従事した後、2014年、株式会社ヤッホーブルーイングに入社。製造部門でビールの充填・品質管理・製品開発などを経て、現在は人事ユニット「モチベーションブルワーズ」で採用・育成・組織開発を担当。
渡辺 和宏
株式会社クリーク・アンド・リバー社 執行役員
プロフェッショナル・プロデュース・グループ マネージャー
2002年株式会社クリーク・アンド・リバー社入社。映像分野で活躍するクリエイター派遣を担当、また制作業務受託の営業に従事。その後2005年から人材紹介事業を担当。
渡辺
まずは簡単に自己紹介からさせていただきます。
私は2002年の入社以来、クリエイティブ・プロフェッショナル人材のために、最も輝ける環境で仕事をしてもらうためのサポート、独立支援に携わってきました。C&R社は、当初はデザイナーなどのクリエイター専門の人材紹介エージェンシーでしたが、現在は医師や建築士、会計士、料理人、CXO(経営幹部職)といったプロフェッショナル人材についてもご支援しており、私自身はクリエイティブ・プロフェッショナル人材と料理人、 CXO(経営幹部職) の転職支援チームの責任者をしています。
高畑さんはどういった経緯でいまの仕事に就かれているのですか?
高畑
新卒では、公益財団法人日本生産性本部で企業や官公庁向けのお堅いセミナーの企画に携わっていました。でももっと一般生活者に寄り添う、自分自身も楽しくなる仕事がしたいとの想いと、実家からの要望もあり、地元企業への転職を考えていたところ、大好きなビールを楽しそうに製造販売しているヤッホーブルーイングを知り、入社しました。
数年前のNHK大河ドラマ『真田丸』って覚えてらっしゃいますか?その舞台となった長野県上田市真田町が私の出身地なんです。ヤッホーの本社は近所の軽井沢ですからUターン転職ですね。ニックネームは真田家の旗印「六文銭」にちなんで「六文(ろくもん)」としました。最初は製造部門でビールの充填・品質管理・製品開発などを担当して、2019年から現職の「モチベーションブルワーズ」で採用、人材育成、組織開発に携わっています。
渡辺
なるほど、それで「ろくもん」なんですね。
ちょっと本題からは逸れますが、御社の「フラットな組織文化」を醸成するにあたって、「ニックネーム制」がやはりキーになっているのですか?
高畑
その通りですね。採用段階からニックネームを決めてもらっています。ニックネームで呼び合うことがマストなので、社内ではそのニックネームで通します。年齢、性別、職位に関係なくニックネームで呼ぶことで距離が縮まり打ち解けやすくなるという考え方がその源泉です。自分の言いたいことをちゃんと言える、健全な議論が成立する雰囲気、フラットなコミュニケーション形成に役立っていますね。
ひとつネックがあるとすれば、本名をすぐに思い出せないことで、人によっては本名を知らないケースもあるんじゃないかな(笑)。
渡辺
当社もそうですが、職位名ではなく「さん」付けで呼ぶ会社は最近よくありますけど、ニックネームで呼び合う会社はこれまで見たことありませんでした。
そこだけフォーカスすると学生生活やサークルの延長みたいな感じも受けますが、ビジネスとしてもそのカルチャーが源泉となってさまざまなイノベーションを生んでいるんでしょうね。
高畑
そう思います。当社は新規製品や新規プロジェクトを立ち上げるとき、全社横断のプロジェクト制を採っているんです。ニックネーム呼びのカルチャーが根付いて普段から心の壁が取り除かれていると、チーム内のディスカッションや合意形成がスムーズに行えますし、思わぬアイデアが飛び出してくることもあるんですね。
渡辺
なるほどー。ホームページを拝見しましたが、採用サイトはそのカルチャーがよく表現されているし、本当によくできていると感心しました。
あれを見て共感する人も多いと思いますし、応募者もすごく多いんじゃないですか?
高畑
当社の規模からすれば確かに応募は多いと思います。最近自社の採用サイトをリニューアルしまして、強調したのが「私たちが何を目指しているのか」「入社すればどんな楽しいことがあるのか」「社員のイキイキした姿」といったポリシー、カルチャー、やりがいの部分ですね。地方というハンデのあるなか、当社の在り方に共感いただき、大変多くの応募をいただいています。
渡辺
採用ブランディングという面で効果があったということですね。
その採用サイトリニューアルはDX推進の一環なんですか?
高畑
当社はクラフトビールメーカーで、よい製品をつくってお客さまに飲んで幸せな気分を味わっていただくことを使命としていますから、お客さまとの接点をどれだけ充実させ、増やしていけるかがキーとなります。その接点の充実という部分でデジタル化が加速しています。
自社の取り組みや製品の魅力を紹介する採用・ECを含めた自社サイトの充実、ファンとの交流イベントのオンライン化が主な取り組みですね。対流通ではさまざまなデータの可視化を進めています。いまそれらを当社のEC戦略を担うコンシューマ事業部が担当しています。
渡辺
担当されているコンシューマ事業部が、それらを企画・開発から制作まで一気通貫でおこなってらっしゃる?
高畑
いえ、実際のプログラムや制作は外部のパートナー企業の方と協働で開発することも多いです。当社のDX人材のイメージは、エンジニアとしてプログラムをガンガン構築するというよりも、会社の課題を定義して、外部の専門ベンダーと良好な関係を築きながら、細かいところはプロに任せて、課題解決に落とし込んでいける人ということになりますね。
渡辺さんが担当されている企業さんはDX推進のプロセスすべて内製化が多いのですか?
渡辺
会社の戦略、考え方次第ですから、デザインからコーディング、プログラミングまですべて自社社員で完結という会社もあれば、餅屋は餅屋ということで外部のプロにアウトソーシングする会社もあります。
ヤッホーブルーイングさんの場合は、自社がどこに向かっていて、何をユーザーさんに届けたいのかを明確化して、あとはデジタルのプラットフォームで表現するための外注先との橋渡し役が務まる人材がいてアウトソーシングできている、それで十分だと思います。
オーダーをいただく企業の中には、そもそもどんな人材を採ってよいのか分からないとか、ジャッジできる人がいないことから採用に踏み切れないという悩みを抱える企業もあるんですから。
先ほど、地方企業のハンデというようなことをおっしゃっていましたが、そのハンデキャップは解消されているのですか?
高畑
地方に会社が存在する限りこのハンデは無くならないでしょうね。新卒も中途採用も求職者は圧倒的に首都圏に偏っていますし、希望勤務地も1都3県に集中しています。ですが、コロナの副産物というべきか、採用プロセスのオンライン化、および仕事環境のオンライン・リモート化により、このハンデはかなり緩和されてきました。
コロナ前まで当社は圧倒的なリアル主義だったんです。とにかく対面コミュニケーションが絶対みたいな。
しかし、コロナで在宅勤務が定着してくると、ビジネスパーソンとして自立的に業務推進ができることを前提として、職種によっては週1回、または1か月に数回出社すればよい、ならば東京に住んでいてもいいよねという選択肢が出てきました。こういう形のオンライン化というか働き方改革で、地方のハンデは無くならないまでも解消してきたと感じています。母集団形成という意味ではコロナ前よりも10倍くらい増加していますからね。
渡辺
求職者には、長野に行きたくても物理的にどうしても動けないという人、できれば東京以外のところで仕事がしたいという人、考えていなかったけど実際には動ける人など、いろいろな都合がありますよね。どうしても動けない人はリモート勤務を許容するとか、月一回のハイブリッド出社を許容すると、圧倒的に母集団が増えると考えられます。
高畑
ただし、オンライン化によって心配に感じることもひとつあるんです。
当社は密接な対面でのコミュニケーションを大切にして、よりよい人間関係を築いて、イノベーションをつくっていこうというスタンスでやってきましたので、その辺が希薄になるとどうなんだろうと。それにフラットなコミュニケーションを大切にしていると言いましたけれど、その中身はプライベートを含めて自分の価値観などを自己開示することもあるんですね。
そうしたカルチャー風土を説明会や面接でも伝えてはいるのですが、オンラインで伝えきれているのか、ちょっと不安ですね。以前のようにリアルの説明会や面接だと、プログラムや進行以外での社員同士の自然なやり取りなどから、風土に合う・合わないを応募者の方が感じ取りやすい状況だったと思いますが、オンラインの採用ではそういったフィット感をお互い見極めることが高いハードルになっていると感じることもあります。
渡辺
対面でのコミュニケーションを大切にするのは御社のカルチャーであって、それは曲げられない。そしてスキルだけ見てカルチャーに合わない人を採用するのは本末転倒ですね。人材採用で大切なのは、正確で詳しい情報開示と候補者との密接丁寧なコミュニケーションだと常にクライアントには言っています。
ある会社は評価制度まで、このポジションにいくと年収はこの辺ですよ、ということまで情報を出しているところもあります。給与テーブルを知ったからといってミスマッチが起こらないというのはまたちょっと話は別なんですが、そこで伝わるのは評価はフェアに行われているんだな、会社のことを包み隠さず教えてくれる会社なんだということですね。
理念共感では、自社がどこを目指していて、何を大切にして、そのためにどんな人に来てほしいかをちゃんと言語化して開示することです。そういった努力は、引く手あまたの職種を採用するときにはとくに大切にしてほしいですね。
高畑
私たちの製品は『よなよなエール』をはじめ、『水曜日のネコ』や『インドの青鬼』などバラエティー豊かなんですが、それぞれにどんなシチュエーションでどんな人に飲んでほしいかといったペルソナを設定するように、人材採用に関しても人材像を細かく定義して人材要件を設定しています。
それを、候補者にもっとしっかり伝えることが大切なんですね。
渡辺
あとは人事採用担当者と依頼を受けるエージェントとの関係の話ですが、よくあるのが人事が書いたテンプレートみたいな求人票が1枚ペラっと送られてくるだけ。これでは分からないのでもう少し詳しく教えていただけませんかと問えば、「私たちでは分からない」と、それでは現場の責任者にヒアリングさせてもらえないかとお願いすると、それもNG。これでは紹介しようもありません。
エンジニアやデザイナーといった専門職の採用に成功されている会社は、採用担当者がその職種や求人内容をしっかり理解されています。理解できていなくてもエージェントに理解してもらう機会をつくることはマストですね。
渡辺
入社後のミスマッチを防ぐということでは、お試し期間を設けることが有効ですね。これを活用する会社が増えていて、いろいろなケースがあります。
ひとつは副業でしばらく働いてもらう、もうひとつは入社前に何か月か業務委託で仕事をしてもらう方法。前者は在職している会社が副業OKでなければ成り立ちませんし、後者は前職を退職して業務委託することになるのでリスクが大きい。エージェントとしてはいずれもハードルが高くなるのですが、ミスマッチ防止という意味では有効な手段です。新卒の場合インターンシップで人となりを見るという手段もありますよね。
御社はミスマッチ防止策について何か講じてらっしゃいますか?
高畑
ミスマッチ防止とはちょっと違いますが、定着促進の意味で新入社員教育には力を入れています。中途採用、新卒採用に関係なく3か月の入社研修を行っています。当社はフラットという文化を掲げているので、スキルや経験の違いはありますけどまったく同じプログラムで行います。
初めの1か月は座学で、「てんちょ」というニックネームの社長が何日か講座をもって理念をレクチャーしたり、サプライチェーンがどうなっているといった流通や会社の機能的な教育研修をみっちりやります。座学と並行してビールづくりの現場研修もあります。
ビールテイスティングなんていう楽しみもなかにはあったりします。新卒に関しては、プラスアルファで、ビジネスマナー的な研修も実施します。
この座学プログラムと平行して、組織開発プログラムを走らせます。チームビルディングプログラム(TBP)といいますが、チームで働くときにどんなコミュニケーションがいいのか、チームはどういう段階を踏んで成長していくのか、チームがうまく円滑に動くためにはどんなプロセスをたどるのかといったことを、理論のインプットをしつつそれぞれが考え、課題解決しながらチームづくりに取り組んでいきます。
この課題は、あらかじめ社内から公募しておいた実際に存在する課題です。最初の1か月はOFF-JTであとの2か月は配属先の業務と平行しながら、課題への取り組みを通じて、チームビルディングの理解を深めていきます。
渡辺
中途採用で1か月の座学があり、さらに2か月のプログラムがある会社は初めて聞きました。小売り関係で最初は店舗販売研修を経験してもらうというのは聞いたことありますが、3か月みっちり導入研修を組まれて、かつ非常に丁寧に研修されていて素晴らしいと思います。
大きい会社の中途採用だと他部署が何をやっているのか教えていないケースがけっこうあります。EC部門に入って、店舗が何をやっているかわからない、営業が何やっているかわからないというのは多いです。部署の垣根を越えて会社全体のことを勉強して一緒にチームビルディングの研修を受けるというのは稀有なことで、ひとつの売りになるのではないかと思いますよ。
高畑
ありがとうございます。ちなみに、渡辺さんのご経験から当社にマッチするであったり、求めている人材の採用を実現するために、何か変えたほうが良いと感じるところはありますか?
渡辺
求人票拝見してひとつ気になるところは、年収が書かれていないことですね。「前職・経験に応じて」みたいな表記は、求人票で魅力付けするという意味においては若干ハンデがあるなと。職業安定法の改正により、労働者の募集を行う場合は、労働条件を明示することが求められています。年収(賃金)も最低限明示しなければならないと労働条件に含まれていますので、法律的な観点でも記載は必須であると言えます。
求職者の目線でも、待遇・条件は転職先を選択する上で重視する人は多いです。
あとはホームページで「ノーベル平和賞をとる」と書かれていますよね。こういう話は刺さる人には刺さります。何かしら尖った魅力を見せていくというのは大切です。例えば面接で本当に面接官が語れるのなら武器になります。誰も本気で思っていないただの標語だとすれば候補者に見透かされてしまいますから。大切にされていることを異口同音に、同じ方向を向いているところを見せられれば応募者はついてきます。
高畑
なるほどですね、採用において変えるべきこと、変えずに貫き通すことを経験則に照らしてお話しいただき、大変参考になりました。本日はありがとうございました。
渡辺
こちらこそ本日はありがとうございました。実は当社の近くにヤッホーブルーイングさんの東京の公式ビアレストラン『YONA YONA BEER WORKS 新虎通り店』があって、たまに利用させていただいているんですね。これからもおいしいビールを楽しみたいと思いますのでよろしくお願いします。
この対談では、「フラットな組織文化」という独特なカルチャーをベースに、ビール業界に新風を吹き込んでいる株式会社ヤッホーブルーイングの高畑様を迎えて、自社にとって必要な人材の採用にあたり、企業として何を大切にするべきなのか、人事部門はどのような取り組みをするべきなのかといったコアとなる観点で語っていただきました。
自社に見合ったスキルや経験を持つ人材採用や育成に取り組む人事担当者様にとって、ヤッホーブルーイング様のようなカルチャーマッチを意識した採用の姿勢・考え方、フラットな組織文化を体現した育成方法などは大きなヒントになったのではないでしょうか。