公開日:2022/12/14
変更日:2024/08/29
優秀な人材の獲得競争が激化している現在、アメリカに端を発したタレントアクイジション(人材獲得)という概念に基づく「人的資本経営」が日本でも関心を集め、中長期的な経営戦略・人材戦略に沿った人材獲得への移行を検討する企業が増え始めています。 この記事では、そもそも人的資本経営とはどのようなものなのか、人材戦略や人材採用は今後どう変わるのか、企業および人事部門は何をすべきなのかを解説していきます。
本章では、人的資本経営とは何かの概念および人的資本経営が注目される背景を解説します。
経済産業省は『人的資本経営』を、「人材を“資本”として捉えその価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方」と定義しています。
『人的資本』とは、人材が保有する経験や知識・スキル・能力・意欲・戦略の遂行能力などの「見えない資産(資本)」を指し、『人的資本経営』は、人的資本の価値を持続的に向上させる人材戦略の実践を通して、経営目的の実現と企業価値の向上を図るマネジメント・経営と意味づけられます。
投資家の判断材料として「見えざる資産(資本)」を評価する傾向が強くなっています。
アメリカでは、2020年8月から米国証券取引委員会で人的資本の開示を求めるようになり、それに伴い、人的資本情報を開示する国際基準『ISO 30414』への注目度が高まっています。
日本では、2021年6月に東京証券取引所が改訂コーポレートガバナンス・コードを公表。そのなかの補充原則3-1③では、人的資本や知的財産への投資等について、「経営戦略との整合性を意識して、具体的に内容を開示すべきである」と上場企業に対して要請しています。
財務的資産の評価重視から、いまは人的資本や知的財産といった非財務資産が評価される方向へ変化しているのです。
日本の採用活動は、短期的な採用ニーズを充足させる「リクルーティング」の傾向がいまだに強い傾向にありますが、これからは、より戦略的にタレントを獲得する「タレントアクイジション」へ移行していくと考えられます。
人材の獲得という視点に立ち、入社後の活躍までを見越した一気通貫の戦略が必要であり、中長期経営戦略に沿った人材採用・人材開発への投資を行い、モチベーションアップにつながる人事評価制度や職場環境を整え、一人ひとりの能力を引き出す人的資本経営の実践が必要とされているのです。
本章では、人的資本の価値を持続的に向上させていくために、経営層・人事部門がどのようなことに取り組むべきかを解説します。
従業員の多様な価値観を尊重し、あらゆる人に潜在価値があると考えることが、すべての人的資本を活かすための基礎になります。単に多様な人が存在しているだけではなく、従業員一人ひとりの意見や考えに耳を傾ける組織風土のあることが重要です。
ESG(Environment Society Governance:企業や投資家が持続可能な社会の形成に寄与するために配慮すべき3つの要素)の取り組みにおいても、日本は人権やジェンダー平等の遅れが指摘されています。一人ひとりに敬意を払い、関心をもっていろいろな側面を理解する努力が必要です。
企業は従業員をステークホルダーとみなして対等に接し、自社のビジョンやパーパスを伝え、さらに従業員が何を大切にして働いているのかを把握して働きやすい環境の提供に努める必要があります。従業員は会社の所有物ではなく、相互選択的な関係性を築いていくことが大切です。
人材と企業がお互いに何を求めているのかについて、採用の段階からきちんとすり合わせることが大切です。企業側は応募者に、「どのような職場で」「どれくらいの成果を期待する仕事で」といった点を意識して、職場の協働体制や評価基準などを明確に伝えることが大切です。また、従業員がそれぞれの才能を発揮するための適切な場の設定・提供が欠かせません。その人が最も輝く舞台はどこなのか、従業員とともに探し出し、相互に納得感のある配置を目指すために、事業戦略遂行の観点と従業員のスキル向上の観点の複眼で配置を検討する必要があります。
管理職は人的資本経営を実現するうえでキープレイヤーとなります。管理職にどのような役割を期待するのか、行動レベルやスキルに落とし込み、具体化して示す必要があります。
従業員一人ひとりが仕事に主体性を持ち、自分で考え、他者の協力を引き出し、仕事を完遂するという、日常的に自律性の高い動きをさせていくことが変化対応力の醸成につながります。
一人ひとりに関心をもって強みを見出し、意欲的な目標設定やワクワクする仕事を創出し、仕事を任せるといった側面的な支援も必要です。チームでは、メンバー同士の信頼関係を築き、相手がだれであっても発言しあえることが重要です。仕事の質を高めるための建設的な意見や、厳しいフィードバックが交換されるようなチームづくりを目指します。
学び直し、スキルの棚卸とキャリアプランの検討、多様なネットワーク形成の支援、自らアンラーニングを行いスキルを高めていけるようなセルフ・リスキリングを促進することが変化対応力の向上につながります。
投資家の判断材料として「見えざる資産」を評価する傾向が強くなっています。財務的資産の評価から、人的資本や知的財産といった非財務資産が評価される方向へ変化しています。
重要なのは、自社にとって人的資本の価値を最大化させる人材戦略は何であるかを検討し、その戦略推進において重要な指標を特定して、測定および情報開示を進めていくことです。
単にデータを網羅したレポートが求められているわけではありません。人的資本を活用するうえで、自社が最もこだわりを置く点や企業と従業員との間で何を大切にしているかを中心に情報を測定し、人的資本の価値を高める取り組みとともに開示することが大切です。
情報開示はゴールではなく、そこから始まる対話にこそ価値があると認識しましょう。
この記事では、人的資本経営をテーマに、その定義や注目される背景、人的資本の価値を高めるために企業が取り組むべきことなどを紹介してきました。
人的資本経営の本質は従業員一人ひとりの活性化であり、そのエネルギーを企業の中長期的な価値向上につなげることにあります。戦略的に人材開発への投資を行い、モチベーションアップにつながる人事評価制度や職場環境を整え、一人ひとりの能力を引き出す取り組みこそが、これからの人事部門の役割であることがお分かりいただけたと思います。
世界的な人的資本の重要性の高まりをきっかけに、改めて人材を最も重要な資本と考え、人的資本を活かしきる経営の在り方を検討してみてはいかがでしょうか。